昔からずっと疑問だった。
この疑問に、誰も答えてくれない。

「なんで週5日も働かなきゃいけないんですか?」

この疑問を追って行くシリーズの第2弾です。

 

(前回はコチラ)

【第一回】なんで週5日も働かなきゃいけないんですか?

 

AIとかドローンとかがあるこのご時世に週5労働はナイでしょうよと。せめて週4、本気出したら週3くらいはいけるっしょ、と思うのだがそうはなっていないやんという話を前回しました。

(AIはまだ労働を完全に奪ってはいない)

 

そもそも、週5日労働という謎ルールが決まった経緯はなんなんだろうか?

少し時代をさかのぼってみよう。

 

まず、昔は「週末」という概念自体が無かったらしい。
この時点でちょっと驚きである。

初めてこの言葉が使われたのが1879年で、アメリカのNotes and Queriesという雑誌に「week-end」という言葉が使われたのが最初とのこと。140年前くらい。

日本に週末の概念が入ってくるのはさらに後ということになる。
いつ頃なんだろう?

 

割と「週末」って当たり前の存在になっているので、それが無かったというのが想像できない。

「週末婚」っていう永作博美主演のドラマもなんか見たことあるし。


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僕の記憶では、生まれたときから週末は流石にあった気がする。
僕が生まれたのは約30年前の1985年。

この年、ある曲がヒットした。

「恋に落ちて ~ Fall in Love ~」

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(視聴はコチラ↓ 2013年verですが)

この曲、かなり素晴らしい曲です。で、何度も繰り返し聞いているのだけども不可解な点がある。

 

もしも 願いが叶うなら
吐息を 白いバラに変えて
逢えない日には 部屋中に飾りましょう
貴方を想いながら

 

まず出だしからですが、吐息を白いバラに変えて?部屋中に飾るとは?という感じですが、ここは多分意味不明なままで大丈夫。
少し飛ばします。

 

ダイヤル回して 手を止めた
I’m just a woman
Fall in love

 

ここですが、ダイアル?とは?ダイアルを回すってナニ?と思うところだが、昔は電話といえばまるいダイアルが付いていてそれで番号を入力していたのでここも大丈夫。

問題の箇所は2度目のサビの部分。

 

Daring I need you どうしても
口に出せない願いがあるのよ
土曜の夜と日曜の
貴方がいつも欲しいから

 

ここで、どうも引っかかる箇所がある。

「土曜の夜と日曜の 貴方がいつも欲しいから」

土曜日というのは休日である。夜とは言わずに朝から独占すればいい。

土曜の夜からじゃなくて、土曜の朝からデートすればいいし、なんなら前日の金曜の夜に飲みに行ってそのまま土曜はずっと二人きりで・・・

あっ!

 

….。

 

お気づきだろうか。

 

なんと、この歌が歌われた1985年は、「土曜は平日」だったのである。
だから土曜日には普通に出勤して朝から夕方まで働いていた。
だから、愛し合う恋人は土曜の夜からしか愛し合いをスタートできなかったというわけである。
想像できるだろうか。

たった30年ほど前でも、この歌に出てくる人物には週末という概念がなかった。

 

再び視点を世界に戻して、今度は19世紀のイギリスに時間を戻します。
休みといえば日曜日の安息日のみ。労働者たちはテンションアゲアゲになって宴会をやっていたらしい。週に1日のお休みです。派手にいきましょう。
となると、月曜日は二日酔いで出勤できない。

そこで労働者たちは「聖月曜日(Saint Monday)」を設けて休む習慣を生み出しました。
セイントマンデーとか言い出して生み出しちゃうあたりがすごい。
シャイニングマンデーかよと。

 

困った工場主は「これを禁止する代わりに土曜日に半休を与える」という協定を取り決めました。「お酒飲むなら土曜の夕方にしてね」ということです。
安息日以外の期間に休息ができた大いなる歴史の1ページと言えるでしょう。「半ドン」の誕生です。

 

そして1908年にアメリカのニューイングランドでは初めて正式に週5日労働を制定した工場が登場し、紆余曲折を経て週休2日制が誕生しました。(フォードが1926年に採用)

 

日本に週6労働→週5労働が取り込まれたのはそこから40年ほど後の1965年。
松下幸之助が周辺の会社に先駆けて、いち早く松下電器産業(現パナソニック)に導入。

そこから徐々に「イケている企業の仲間入り」のために各社が週休2日制を採用していくこととなる。

 

「恋に落ちて ~ Fall in Love ~」の登場人物は1985年でも週6労働だったので割とイケてない会社に勤めていたと想像できます。(ヒット曲の歌詞なのでまだそれが普通だったのだろうか)

 

そして…。1985年から7年後の1992年。歴史的な出来事が起きる。
僕はこの時小学2年生だったが、その衝撃を忘れることはないと思う。

 

その出来事とは、半ドンだった学校が、週休2日制となり、土曜が全休になったという事。
これは革命的だった。「土曜日に学校に行かなくてもいい」

 

こんなうまい話が世の中にあるのだろうか・・?

 

幸せすぎる出来事に対して安易に信じることができず、しばらくは懐疑的だった。

 

そして週休2日は自然に社会へと浸透していった。まるで、もともとがそうであったかの如く。

 

僕はこの時、世界は良くなっていくんだなと思った。世界っていうのはどうしようもないことが多いが、それでも少しずつでも、良くなっているんだなと感じた。
なぜなら、週5.5 -> 週5に暮らしが改善されたからだ。10%世界が良くなった、と僕は思った。

 

でも、それ以来、世界が良くなっていると直接感じられることはなくなってしまった。なぜなら、それ以来ずっと、週5拘束・週5労働が標準の世界のままだからだ。何も進歩していない。巷にはスマートな製品が溢れ、色んなものが瞬時に手に入るし、すぐに繋がれる。こうやって僕が書いた文章なんかをあなたも読むことができる。でも根本的なところで暮らしが良くなっているとは言い難い。週5のままだからだ。科学力が上がっても文明力が上がるとは限らないんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

僕は世界が良くなった瞬間を体験しているからまだラッキーなのかもしれない。
若者はどうだろうか。生まれた時からずっと週5。このまま死ぬまで週5が続くんじゃないかと考えても不思議じゃない。
「さとり世代」なんて言葉を聞くが、週5が改善されるという未来を描けないなら、希望を持てないのは当然だろう。

 

色々と書いてきたが、僕が言いたいのは、週5労働というシステムは全然絶対的なものじゃないって事である。まだ30年ほどしか歴史がない。言ってみればポッと出の新人みたいなものである。季節イベントで言えばハロウィンみたいなものだ。

 

というわけで今回は週5労働への経緯についてざっくりと追ってみました。松下幸之助のおかげで我々は週6世界を抜け出して週5労働サイクルの中にいるわけです。パナソニック製品が買いたくなってきましたね。

 

次回は未来・そして月へ(?)旅立ちます(?)